朝鮮半島「核」外交 北朝鮮の戦術と経済力』重村智計講談社現代新書
本書冒頭にて、歴史家アーノルド・トインビーの説いた一文を引用している。すなわち、多くの国際紛争古代ギリシャ都市国家アテネとスパルタが相争ったペロポネソス戦争と同じ轍を踏んでいる、と。
かつて、紀元前五世紀のギリシャにて、アテネとスパルタは覇権を競い合った。その過程で互いに不信感を募らせ、相互に脅威を感じて“恐怖”するに至る。指導者はそれを受けて開戦を“決断”し、やがて戦争に踏み切った。結果、アテネは敗北し、それを契機にギリシャは衰亡した。
つまり「過度の恐怖」によって「誤った判断」をしたことによって、アテネは国を滅ぼしたのである。
著者は、2006年10月9日に行なわれた北朝鮮の核実験を、まさしくこのペロポネソス戦争を例に取り、最大の失策と断ずる。
過去何度と無く「核」開発をチラつかせる瀬戸際外交によって、周辺諸国から援助を捥ぎ取ってきた北朝鮮だが、この核実験によって崖っぷちから、自ら飛び降りてしまったというのである。
もはや、経済的に破綻している北朝鮮には、戦争を遂行する国力は残されていない。そのために切り札として「核」兵器の保有という選択を択んだが、核拡散を認めないアメリカはそれを決して許さない。となれば、北朝鮮に残された道は、「核」放棄か体制崩壊かの二択しかない。
なぜ、北朝鮮は「核」兵器開発に血道を上げて取り組んでいるのか。本書では、同国の石油消費量を元に、その理由を読み解いている。
近代国家における国力とは、すなわち経済力と置き換えても良い。そのバロメータは、国内総生産(GDP)、国家予算、石油消費量でおおよそ計れる。北朝鮮のそれは、ほとんど公開されていないが、その実、どれもきわめて低い。特に石油に関しては、購入する代価となる外貨の不足から、恐ろしく少ない。本書によれば、輸入原油量は年間100万トン以下。軍用に必要な軽油分(ジェット燃料、ディーゼル油など)を精製したとして最大40万トン。これではとても戦争は出来ない(成田空港で使用されるジェット燃料は年間500万トン)。
よく、要求を呑まねば北朝鮮は暴発する、という危惧論があるが、この状況ではまともな軍事行動は行なえないということが良くわかる。北朝鮮は、いまや暴発したくても、暴発を遂行するだけの国力を保有していない。
戦争とは、カネ、モノ、ヒト、などなど、あらゆる資産を浪費する盛大な消費行動である。それを遂行できない破綻した経済力を補うために、「核」を開発して見せ掛けの国力で綱渡りの外交をしているに過ぎないと、本書は看破している。


各種データを見る限り、本書の述べた論はおおかた正鵠を射ているのだろう。現に、北朝鮮はエネルギー支援を真っ先に持ち出してきている。
近いうちに六カ国協議が再開される見通しだが、外交成果を結実させるためだけに、安易な結論を出して北朝鮮に支援だけを渡すような真似はしないで欲しいものだ。
「過度の恐怖」によって「誤った判断」を下したペロポネソス戦争同様の愚を、日本には犯して欲しくはない。