『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』NHK東海村臨界事故」取材班(新潮文庫
本書は99年9月、茨城県東海村で起きたウラン燃料の臨界事故によって被曝した作業員の治療過程を記したドキュメントである。
この事故は、国内初にして最大の原子力事故である。
後の調査によって、作業効率を重視し安全性を無視した杜撰な管理が次々と明るみに出て、原子力事故に対する現実的な備えがまったくなされないままに、日本の総発電力の三割が原子力発電によって賄われている、という事実に愕然としたことを良く覚えている。
そのまったく備えの無く、前例もまた無い手探りの状況下で、医師や看護師たちは試行錯誤ながらもあらゆる手を尽くし、被曝患者を救おうとした。
時間の経過とともに内側から人体を破壊してゆく放射線の恐ろしさは、筆舌に尽くしがたい。
致死量の十数倍にも及ぶ中性子線を間近にて浴びた作業員は、体内のあらゆる組織、そして細胞内のDNAすらも完全に破壊されていた。
それにも関わらず当初患者は明瞭に意識を保ち、外観にも大きな異常は見られない。主治医や看護師たちはその姿に快復への希望を抱いてしまう。
しかし、やがてDNA異常によって造血幹細胞が機能しなくなり免疫力が失われ、細胞代謝が止まり皮膚が剥がれ落ちてゆく。心肺機能の低下によって気管にチューブが挿され言葉を発せなくなり、全身を襲う激痛を遮るために鎮静剤が打たれ意識すら失ってしまう。そして、無言で絶望に抗う戦いとなる。
だが現代医療の最先端の治療を駆使してさえも、失われてゆく命を繋ぐことは出来なかった。
約3ヶ月にも及ぶ83日間の治療は、患者の死によって幕を閉じる。


繰り返すが、日本の総発電力の三割は原子力発電によって賄われている。それは2006年現在も同じである。
過去には戻れない以上、未来への備えをもってこそ、起きてしまった事故の犠牲に報いる最大の贖罪となるだろう。
無事故は理想だが、いかなることでも過ちは必ず起きる。事故を迅速かつ最小に収める手立ての確立こそ、重要な課題となる。いかなる現場においても。