『評伝シャア・アズナブル―《赤い彗星》の軌跡―』皆川ゆか講談社
本書は既刊の同じく講談社から出版された『機動戦士ガンダム公式百科事典』と同じスタイルを踏襲して、宇宙世紀100年の史家が英雄シャア・アズナブルの人生を辿って記した評伝の形式を取っている。
ガンダム』史上屈指の英雄であり、その評価はさまざまな説に彩られている“赤い彗星”ことシャア・アズナブルだが、颯爽と画面に姿を現した『ガンダム』の頃と、後の続編である『Zガンダム』や『逆襲のシャア』の作中における姿は、あまりにも落差が激しい。自信に満ち溢れ、輝いていたエースパイロットは、歳を重ねるごとに深い陰を纏うようになる。
本書では、その“陰”の正体を劇中における彼の言動を丹念に拾い上げ、時代とともに移ろう周囲の環境の変化を踏まえて丁寧に読み解いていく。
シャアの悲劇は、彼が一流の見識を持ちながら、二流の才能しか持ち合わせていなかったことにあるとしている。
実績、能力、血統、見識……その全てが、少なくても周囲の人間に指導者としての理想を抱かせるに十分な資質を備えていると思わせる。しかし、シャア本人は自己に対する深い懐疑を常に抱き続けていた。
なまじニュータイプとして、一年戦争最大のニュータイプアムロ・レイララァ・スンの共振を垣間見てしまったが故に。その領域に辿りつけない自分を知ってしまったが故に。
傲慢さを持ち得ないほどに、自己に対して客観的になれる人間は不幸だ、と本書は彼を評す。
その立場から、シャアは否応なしに歴史の表舞台に押し出され、偉大な思想家であるジオン・ダイクンの子として、公の存在として振舞うことを期待される。大衆は彼を“シンボル”として自らの期待という名の欲望実現のための“道具”として使い始める。そして大衆に望まれるままに彼は宇宙市民の“シンボル”として叛乱を指導し、破れ、遂に歴史の表舞台から姿を消した。
大衆の信任にも拘らず、彼は最期まで独りで自己の行為に懐疑を抱き、迷い続けた。その人間としての弱さが、彼の魅力なのではなかろうか?
ガンダム』は設定を変え、幾つもの後継作が生み出されていく。しかし、彼を超えるキャラクターは登場し得ないのではないか、と思う。
自分に対する屈折を抱えた人間シャア・アズナブル。確かに「この男の人生、他人事じゃない」との帯は、嘘ではない。