『凶悪―ある死刑囚の告発』「新潮45」編集部(新潮文庫
俗に「上申書保険金殺人事件」として話題を集めた死刑囚の上申書が元で発覚した保険金殺人事件の真相解明を追ったルポルタージュ
事の発端は、元暴力団幹部で殺人などの罪によって1、2審で死刑判決を受けた後藤良次被告が、獄中から告発した3件の殺人事件の情報を「新潮45」の記者が入手したことから始まった。
凶悪な殺人事件を起こし、収監され、死刑判決を受けた後藤被告が、未確認の余罪を申告したのである。その申告が正しければ、3人の人物が人知れずに殺され、それを主導した主犯格の男が、野放しになっているという。
情報を得た記者は、告発された事件の裏を取るべく地道な取材を続けていく。
やがて明らかになってくる事件の詳細。不動産を所有していながら身寄りがない高齢者たちが、姿を消し、その後その不動産が処分されている事実が浮かび上がってくる。また、事業の失敗によって多額の借金を背負った老人が不審死し、その家族はなぜか家を失わずに暮らし続けていることが判明する。
こうして、裏付けられた情報をもとに、未発覚であった殺人事件の告発は、県警への上申書として提出されることとなる。
県警は、3件の事件を検証し始める。2件の殺人事件については、時間の経過によって証拠が失われ、立証することが困難であったが、最後の老人のケースは関係者が特定できたために保険金殺人事件としての立証が可能となった。
取り調べの最中、事件のキーマンの事故死によって、立証は難しいかと思われたが、老人の家族が共謀を自白し、遂に事件の真相解明は法廷に持ち込まれた。
地方裁判所は、主犯である“先生”には無期懲役の有罪判決が下した。
死刑囚の告発を丹念に取材し、検証した雑誌記者の執念が、未発覚であった殺人事件の真相を解明したのである。
本書は、ジャーナリスト魂の発露した真髄とも言うべき、良作といえよう。
なお、本書で“先生”と表記されていた主犯、三上静男被告は2010年3月4日に最高裁が上告を破棄して、無期懲役の刑が確定している。