ローマ人の物語17 悪名高き皇帝たち(1)』塩野七生新潮文庫
タイトルはラテン語の格言。意としては「不確かなことは、運命の支配する領域。確かなことは、法という人間の技の管轄」となる。本文中にもあるが、皇帝ティベリウスを現すにこれほど相応しい言葉はないだろう、と思う。
本シリーズ「悪名高き皇帝たち」は、初代皇帝アウグストゥスの跡を継ぐ、ユリウス=クラウディウス朝4人の皇帝たちを取り上げている。
まず語られるのは、二代目皇帝ティベリウスである。
彼はタキトゥスを初めとする後世の歴史家たちの遺した記述によって、評価を歪められた不遇の名君といえるかもしれない。
カエサルが青写真を描き、アウグストゥスが創始した帝政ローマを磐石の体制に移行させたのは、まぎれも無くこのティベリウスだろう。現に彼が残した政略の基本路線と登用された人材たちは、後に続くカリグラ、クラウディウスたちによってほぼそのまま継承されている。
クラウディス一門という名門の血筋という元老院への伝統。アウグストゥスの遺した血統による帝位の継承というくびき。彼は皇帝になることで、その残りの生涯を元老院とユリウス一門、このふたつの重荷によって苛まれることとなる。
しかし、彼は帝国の運営というとてつもない事業を担う最高責任者として、その仕事を一度たりとて投げたことは無かった。現に晩年、後継者と目した実子ドゥルーススの死にも動じずに職務を遂行している。
正しく敬意に値する高貴なる魂をもった人物であったと思われる。
その貴族的な責任感によってティベリウスが遂行した仕事は、帝国の基本統治システムをほぼ完成させ、その礎を磐石のものとした。だが彼の死によって帝国は、より惰弱化してゆく元老院アウグストゥスの血を継承しただけの若者カリグラに明け渡されることとなる。