ローマ人の物語24 賢帝の世紀(上)』塩野七生新潮文庫
物語はいよいよ帝政ローマの最盛期といえる紀元二世紀、同時代のあらゆる知識人ですら口を揃えて最良の時代「Saeculum Aureum」とすら呼んだ時代に入る。
まず語られるのは、老帝ネルヴァの指名によって後継者となった皇帝トライアヌスである。
本文中にてトライアヌスを称して「プラグマティックなローマ皇帝の中でもひときわプラグマティック」と呼んでいるが、言いえて妙だ。まさしく、この属州出身初の皇帝は、実用性を常に優先させた実利の男と言えるだろう。
カエサルのように天性の巧妙ではなく、アウグストゥスのように慎重かつ怜悧でもなく、ティベリウスのように諦観をまとった冷厳でもない。彼独特の静かな情熱を維持しつつ確実に仕事を積み上げ、皇帝としての職務を全うした。
プリニウスが絶賛したように、当時のローマ指導者層が理想とした皇帝像を遂行した彼は、帝位に就く前に、当時のエリートとしてひととおりの経歴を経験したことが大きかっただろう。すなわち、行政官と軍人それぞれのキャリアを積んだことである。
志半ばに凶手に斃れた皇帝ドミティアヌスは、抜群の見識と果断な行政手腕を保持していたが、兄ティトゥスの早世によって軍事キャリアを積めなかった。対してトライアヌスは、キャリアを通じてバランスよい経験を蓄積できた。これが、後の功績にも多大な影響を及ぼしたことは想像に難くない。
男は、仕事で成長する。
いつの時代でも、人間は変わらないものだ。そうして、無数の人々の事績によって、歴史は積み重ねられていく。